FC2ブログ
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

判断能力の不十分な人が財産管理などを代理してもらう成年後見制度をめぐり、後見を受けると投票できなくなる公選法の規定は憲法違反だとして、知的障害を理由に被後見人となった女性が平成23年2月1日、国を相手取り、国政選挙の選挙権を認めるよう求める訴訟(国に選挙権があることの確認を求める訴訟)を東京地裁に起こしました。弁護団によると、同様の訴訟は他に例がなく、日本では初めての訴訟となるようです。



1.この「『成年後見』選挙権訴訟」についての報道記事を紹介する前に、まず、選挙権の意義と公職選挙法を引用しておきます。

(1) 選挙権を含む参政権は、国民が、主権者として、直接もしくは代表者を通じて間接に、国の政治に参加する権利です。そして、選挙は、議会制民主主義を実現するために不可欠の手段であり、選挙権はそのための「国民の最も重要な基本的権利」(最大判平成7・2・9刑集9巻2号217頁)といえるものです(辻村みよ子「憲法(第3版)」329頁(日本評論社、2008年)。

憲法は、前文で、国民主権を宣言し、国民の権力は国民の代表者が行使することを明らかにしたうえで、参政権として、公務員の選定・罷免権(15条1項)、国会議員の選挙権・被選挙権(44条)、地方公共団体の長・地方議会議員等の選挙権(93条)、最高裁判所裁判官の国民審査(79条2項)、地方自治特別法に関する住民投票(95条)、憲法改正に関する国民投票(96条)を定めています。

このように、日本国憲法は、選挙権に関して多くの規定を設けていることからも分かるように、選挙権は、国民の一員である以上主権者として有する当然の権利であり、かつ、議会制民主主義を実現するために不可欠な基本的人権であることが明らかです。



(2) ところが、公職選挙法11条1項1号は、成年被後見人も同じ国民として主権者であるにも関わらず、成年被後見人の選挙権を剥奪しているのです。

(選挙権及び被選挙権を有しない者)
公職選挙法第十一条
 次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一  成年被後見人
 二  禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
 三  禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)
 四  公職にある間に犯した刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百九十七条 から第百九十七条の四 までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律 (平成十二年法律第百三十号)第一条 の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者
 五  法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により禁錮以上の刑に処せられその刑の執行猶予中の者
2 この法律の定める選挙に関する犯罪に因り選挙権及び被選挙権を有しない者については、第二百五十二条の定めるところによる。
3 市町村長は、その市町村に本籍を有する者で他の市町村に住所を有するもの又は他の市町村において第三十条の六の規定による在外選挙人名簿の登録がされているものについて、第一項又は第二百五十二条の規定により選挙権及び被選挙権を有しなくなるべき事由が生じたこと又はその事由がなくなつたことを知つたときは、遅滞なくその旨を当該他の市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。」


成年被後見人も同じ国民として主権者であるにも関わらず、成年被後見人の選挙権を剥奪しているのですから、これほどまでに重要な人権を侵害する以上、<1>そうした侵害を正当化できるだけの、明白に合理的な根拠が必要となり、<2>仮に、明白に合理的な根拠があるとしても、手段として相当だったのか、例えば、被成年後見人すべてに対して選挙権を剥奪するという一律的な規制しか方法がなかったのかどうか、といった検討を経てやっと合憲となるはず、と考えられるわけです。

憲法学的に正確な判断基準を提示すると、次のようなことになります。

 「国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、国民の選挙権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは、憲法15条1項及び3項、43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。」(最高裁平成17年9月14日大法廷判決〔在外日本人選挙訴訟事件判決〕・民集59巻7号2087頁)


こうした重要な視点をもったうえで、この事件を判断する必要があります。では、記事を紹介します。



2.では、この「『成年後見』選挙権訴訟」について、報道記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成23年2月2日付朝刊

「選挙権取り戻す」 被後見人女性が提訴
2011年2月2日 朝刊

 成年後見を受けている人(被後見人)に選挙権を認めない公職選挙法の規定は、参政権を保障した憲法に反するとして、被後見人の名児耶匠(なごやたくみ)さん(48)=茨城県牛久市=が一日、国を相手に、選挙権があることの確認を求める訴訟を東京地裁に起こした。原告代理人によると、後見による選挙権喪失の違憲性を問う訴訟は全国で初めてという。

 名児耶さんはダウン症で知的障害があり、二〇〇七年二月、父の清吉さん(79)を後見人に後見開始が確定。同法に基づいて選挙権を失った。

 訴状では、憲法は政治参加に関する差別を禁止しており、後見開始で一律に選挙権を失わせるのは重大な権利侵害と主張。成年後見制度の理念とも逆行するとしている。

 東京・霞が関の司法記者クラブで会見した名児耶さんは「(選挙権を)取り戻してほしいです」と話した。清吉さんは「判断能力に偏りはあるが、何もできないわけではない。選挙権を奪うのはおかしい」と訴えた。

 弁護団は訴訟と並行して行政、立法への働き掛けも進める方針。

 総務省選挙課は、被後見人に選挙権が認められない理由について「誰を選ぶべきか、という判断が期待できないため」としている。

<成年後見制度> 認知症、知的障害や精神障害の人を悪徳商法の被害などから保護するため、家裁に選任された人に財産を管理させ、本人が行った契約などの取り消しも認める制度。判断能力が劣る順から「後見」「保佐」「補助」の3段階に分かれ、後見を受けると選挙権を失う。最高裁の集計によると、2009年には全国で年間2万1264件の後見開始が決まった。日弁連は05年、「被後見人の選挙権を一律に制限すべきではなく、早期に規定を見直すべきだ」と提言している。」



(2) asahi.com(2011年2月2日8時24分)

「成年後見で選挙権失効は違憲」ダウン症の女性が国提訴
2011年2月2日8時24分

 障害などで十分な判断ができない人を法的に支援する「成年後見制度」を利用すると、選挙権を失ってしまうのは憲法が定める法の下の平等などに違反するとして、茨城県牛久市の女性が1日、国を相手に国政選挙権があることの確認を求める訴えを東京地裁に起こした。弁護団によると、こうした訴訟は初めて。

 訴えたのは、名児耶匠(なごや・たくみ)さん(48)。訴状などによると、匠さんはダウン症で、44歳だった2007年に同制度の適用を受け、父親の清吉さん(79)が匠さんの契約などの法律行為を代理できる後見人となった。

 匠さんは20歳になってから国政選挙も地方選挙もほとんど棄権せずに投票してきたが、公職選挙法は「成年被後見人」の選挙権と被選挙権を認めていないため、投票の権利を失った。

 弁護団は「成年後見は財産を管理する判断能力を見極める制度で、選挙のための能力とはまったく関係ない」と主張。匠さんは「選挙は楽しい。(選挙権を)取り戻したい」と話している。

 弁護団によると、成年後見制度の利用者は障害者だけではなく、8割は認知症などの高齢者。「国民全体の問題」として法改正も働きかけていく方針だ。」



(3) 時事通信(2011/02/01-17:11)

選挙権求め初提訴=「剥奪は憲法違反」-成年被後見人の女性・東京地裁

 判断能力の不十分な人が財産管理などを代理してもらう成年後見制度をめぐり、後見を受けると投票できなくなる公選法の規定は憲法違反だとして、知的障害を理由に被後見人となった女性が1日、国を相手取り、国政選挙の選挙権を認めるよう求める初の訴訟を東京地裁に起こした。
 訴えたのは、茨城県牛久市の名児耶匠さん(48)。2007年2月に父清吉さん(79)が家裁から成年後見人に選任され、公選法に基づいて選挙権を失った。
 原告側は「知的障害者への支援が十分とは言えない現状では、投票は障害者自身がアピールする手段として極めて重要。選挙権剥奪は不当な差別だ」と主張している。
 清吉さんによると、匠さんは成人後、地方選も含めてほぼ毎回選挙に行き、自筆で投票。選挙公報も熱心に読んでいたという。匠さんは提訴後の記者会見で「また行きたいですね。(選挙権を)取り戻してほしい」と語った。
 総務省選挙課は「訴えの内容を把握していないのでコメントは控える」とする一方、「投票できる能力を選挙時に個別に審査するのは困難なので、被後見人には選挙権を認めていない」と説明している。(2011/02/01-17:11)」



(4) これらの記事からすると、原告側は、次のような点を理由として、被後見人の選挙権を剥奪する公職選挙法の規定が違憲であると主張しているようです。
 

「(1) 成年後見人が付くと選挙権を失う公職選挙法の規定は法の下の平等などを保障した憲法14条に反する。
 (2) 被後見人の選挙権の剥奪は、成年後見制度の理念に逆行する。
 (3) 憲法は政治参加に関する差別を禁止しており、後見開始で一律に選挙権を失わせるのは重大な権利侵害である。
 (4) 知的障害者への支援が十分とは言えない現状では、投票は障害者自身がアピールする手段として極めて重要であるから、その意味でも選挙権剥奪は不当な差別である。
 (5) 判断能力に偏りはあるが、何もできないわけではないのだから、選挙権を奪うのはおかしい。」


その他にも、(6)「成年後見制度は財産管理のためのものであり、選挙権の行使とは全く関係がない」と主張している(毎日新聞 2011年2月2日 東京朝刊)という点もあるようです。

 イ:これらの理由は、(3)は(1)と類似の主張であり、(4)は障害者における選挙権の意義、(5)は成年被後見人にも残存能力があるとの内容であり、(6)は、成年被成年後見制度は本人の財産や経済取引に関する保護のためであるのに、なぜ全く性質の異なる選挙権を奪う根拠に乏しい、というものです。これらのうち最も重要な理由は、平等権侵害を内容とする(1)、成年後見制度の理念を主張する(2)と考えられます。


 ロ:このように(2)の「成年後見制度の理念」は重要な理由なのですが、記事では説明が乏しいので少し説明を加えておきます。

 「成年後見制度とは、一口で言うならば、保護を要する成年者に対する新しい理念を持った援助の制度である、ということができます。
 何が新しい理念なのかといえば、ひとつはノーマライゼーションの確立です。ノーマライゼーションというのは、障害者だ高齢者だということで特別視することなく、みんな我々の仲間として一緒に共生し、できるだけ社会的な行事にも参加させて、普通の人と同じノーマルな生活を送ろうということです。これは、北欧で60年代に主張され、欧米では定着している考え方です。
 もうひとつは自己決定権の尊重です。自己決定権の尊重とは、別の言葉では残存能力の活用ともいいます。たとえ痴呆の進んだ人であっても人格はあるわけですから、少しでも能力がある限りその人格の発する自己決定を可能な限り尊重していくということです。
 このような新しい理念と従来からの本人の保護の理念とを調和させるべく設けられたのが今回の民法の改正であり、新法の制定でもあるのです。」(日本司法書士会連合会「成年後見制度について」より引用)


要するに、<1>障害者だ高齢者だということで特別視することなく、みんな我々の仲間としてできるだけ社会的な行事にも参加させて、普通の人と同じノーマルな生活を送ろうとする理念、<2>少しでも能力がある限りは、その人格の発する自己決定を可能な限り尊重していくという理念に基づいて、旧民法下での「禁治産・準禁治産制度」を改正して、平成12年に「成年後見制度」を設けたのです。


 ハ:従来は、「本人の保護」のみが念頭にあり、しかも本人の保護を名目として、さらには取引相手の保護を図るために権利を制限することばかりが目立っていました。特に、本来は、利用者本人を保護する制度である「禁治産・準禁治産制度」が、他の法律中の多数の欠格条項の存在によって、利用者を社会から排除する制度であるかのように国民から誤解されていました(「成年後見制度の改正に関する要綱試案」に付された法務省民事局による補足説明より引用)。

しかし、障害者だ高齢者だということで特別視して、本人の意思を無視して「権利制限」をする扱い(いわゆる「パターナリスティックな制約」)は、人としての扱いとはいえなかったのではないか、また、障害者を社会から排除する日本社会の意識は不当である、といったような社会的意識の変化もあって、ノーマライゼーションの確立・残存能力の活用・自己決定権の尊重の理念に基づいて、法改正に至ったのです。

そうだとすると、こうした成年後見制度の理念からするならば、成年被後見人にも、普通の人と同じように選挙権を行使する機会を与えるべきであり、また、被成年後見人も、判断能力がある限りは選挙権を行使するか否か、誰に投票するかの選択権・自己決定権を奪うべきではない、ということになるわけです。

こうした社会的意識の変化や成年後見制度の理念からすると、成年被後見人の選挙権の剥奪という差別的扱いについては、差別的扱いを正当化するだけの明白に合理的な根拠は見当たらず、公職選挙法11条1項1号は違憲の可能性が高いといえるのです。




3.なお、今回の提訴については、前々から問題視されてきた問題でしたから、賛成する意見がほとんどです。ただ、今回の報道に対するネットでの反応はごくわずかであり、しかも批判的なものも見受けられます。
例えば、

「(成年被後見人は)社会的信用の無い未成年と同義」、「自分のことですら責任をもって自己判断できない人間が、責任をもって国政に1票を投じるなんて無理」、「弁護団・・・依頼人の為なら筋の通らない屁理屈こねてもいいのか?」、「自ら考えずに周囲の言いなりで投票してしまう」、「つまみ食いによる言いがかり裁判」、「選挙で適正に投票できるような正常な判断能力を備えている人が本来利用してはいけない制度」、「弁護士である杉浦センセーが勧めるべきは、非弁護人へのすみやかな成年後見の解除」

といったものがあります。

これらは、これまでの説明でも分かるように、選挙権の意義の重要性や「成年後見制度」の理念を全く知らずに批判をする無知な意見にすぎません。ただ、こうした批判があるということは、日本社会においては、(平成12年に)法改正がされてから10年も経過しているのに、あいかわらず成年被後見人を「社会から排除する差別的意識」が残っている証左といえるのです。





追記を閉じる▲
スポンサーサイト

FC2blog テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

【2011/02/15 17:38】 | 憲法
トラックバック(0) |

承認待ちコメント
-


承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。