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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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民主党の小沢一郎元代表は平成23年1月1日、東京都世田谷区の私邸で恒例の新年会を開き、海江田万里経済財政相や原口一博前総務相ら党所属国会議員120人が参加しました。



1.共同通信(2011/01/01 20:19)

小沢氏、恒例の新年会に120人 挙党一致の政権運営訴え

 菅直人首相と小沢一郎民主党元代表は1日、それぞれ自らに近い国会議員らを集めた「新年会」を開き、結束を確認した。出席議員は小沢氏側120人に対し、菅首相側約45人で、小沢氏が強制起訴を控えながらも「数の力」をアピールした格好だ。

 小沢氏は都内の私邸で恒例の新年会を開催。「国民の期待を担った民主党政権だ。みんなで力を合わせて、国民の期待に応えるすべを見いだしていかなくてはならない」と、菅首相の「脱小沢」路線をけん制、挙党一致の政権運営を訴えた。

 小沢氏側によると、出席議員は海江田万里経済財政担当相、原口一博前総務相、細野豪志前幹事長代理ら120人で、菅氏(当時副総理)ら166人が参加した昨年よりは減らした。

2011/01/01 20:19 【共同通信】」


小沢氏は、恒例の新年会を開き、そして昨年よりも少なくなったとはいえ――昨年は、菅直人もゴマすりのために参加したが、そうしたゴマすり菅直人などは不参加ゆえ――、120人もの国会議員が祝賀に参加したのです。

一方、菅直人首相も、1日、首相公邸で、仙谷由人官房長官や北沢俊美防衛相ら閣僚や自らのグループの議員らを集めて新年会を開きましたが、参加人数は45人に止まりました。

「総理大臣が、大勢の国会議員を公邸に招いて新年会を催すのは、平成13年の当時の森総理大臣以来です」(NHKニュース1月1日 17時16分)から、菅直人は明らかに小沢氏への対抗意識からわざわざ新年会を開いたわけですが、参加人数は45人に止まったため、党内支持の低さを露呈してしまいました。



2.それぞれが新年会で発言した内容としては、次のようになっています。

<小沢氏側>

 「今年は国内外とも非常に難しい状況になるのではないか。政府与党が力を合わせて協力していかなくてはならない大事な年だ」と述べ、挙党態勢の構築による政権運営の必要性を強調した。(中略)
 小沢氏は国会運営に関して「ねじれ国会になったから仕方ないという理屈は通用しない。国民の期待に応えるすべを、我々自身が努力して見いだしていかなくてはならない」と指摘。「今年こそ政治主導の体制を確立し、国民の生活が第一の政治の実現のために決意を新たにしなくてはならない」と訴えた。」(日経新聞2011年1月1日18:00)


 「民主党の小沢一郎元代表は1日、都内の自宅で開いた新年会であいさつし、「私が22年前に自民党幹事長に就任した時も参院は過半数を割っていたが、野党とのまじめな話し合いの中で議論することができた。それを今思い出すと、『ねじれ国会になったんだから仕方がない』との理屈は通用しない」と述べ、現執行部の野党への対応に不満を示した。
 また、小沢氏は「今年は内外で非常に厳しい状況になると思うが、政府・与党が国民の信頼に応えて、力を合わせて協力していかないといけない」とも語り、挙党態勢の必要性を強調した。」(2011年1月1日22時21分 読売新聞)



「皆さん、あけましておめでとうございます。

皆さんも新しい年、いろいろな考えを持ちながらも元気で迎えられたことと思います。心からお互いにお喜びを申し上げるところであります。

昨年は大変皆さんにお世話になりました。いろいろなことがございましたけれども、どのような時におきましても、本当に皆さんの暖かい強い友情に励まされまして、私もこうして昨年一年頑張り、そして新しい今日の年の元日を迎えることができました。ということを本当にうれしく、また皆さんの友情にあらためて心から感謝を申し上げるものでございます。

本当に昨年一年お世話になりました。ありがとうございました。(大拍手)

そして新しい年、本当に今年こそ、お互いの力を合わせ、そして一昨年の夏に国民主導、政治主導の体制を確立して、国民の生活が第一の政治を実現するんだ、この初心を、国民との約束を、あらためて新年の初めにそれぞれが自分の胸にに問い直し、そして、その実現のために決意を新たにしなくてはならない、とそのように考えておるものであります。

一昨年の総選挙で衆議院の皆さん、大変、総力を挙げての闘いで、圧倒的な議席を国民から頂きました。

そして昨年は参議院で、何としても過半数を取らなくては、今言った、本当の国民のための政治の実現はできないと、そういう思いで鳩山前総理と共々、お互いに全力を尽くしながらも、最もその実現のためにどうしたらいいのだろうかと二人で話し合った結果、総理と共に一線を引きながらも挙党一致でみんなで頑張ろうと、こういう思いで幹事長の立場だった私からすれば、本当に鳩山前総理に申し訳ない結果になってしまったと反省し、忸怩たる思いがあるのではございますけれども、しかしながら私どもは、その思いを皆さんがわかっていただけるだろうと、そのように今も考えて、自分たちのとった行動をご理解いただきたいと、そう思っておるわけであります。

まあ、結果は残念なことで、参議院、いわゆる俗に言うネジレの現象になってしまったわけであります。
しかしながら、私はネジレの参議院だからどうしようもないんだ、ということは許されないと思ってます。

私が22年前に自民党の幹事長に就任した時も、やはり参議院は過半数を割ってました。今と同じネジレ国会でありました。
しかしながら野党が最も、特に社会党、当時社会党ですが、共産党も勿論ですが、社会党、公明党も反対した、いわゆる国連の協力法案を成立させることができました。
また、消費税その他のいろいろな法案についても野党との真摯な、まじめな話し合いの中で切り抜けることができました。

まあ、そういうようなことを今思い出してみますと、最初に申し上げましたように、ネジレ国会なんだからしかたがないという理屈は通用しないわけで、衆議院であれだけ議席をいただき、国民の期待を担った我々の民主党、そして民主党政権でありますから、何とかしてみんなで力を合わせて、国民の皆さんとの約束を、そしてその期待に応える術を、我々自身が努力して見出していかなけれればならないのじゃないかと、そのように感じているところであります。

今年は、内外、非常に難しい状況になるのではないかと思っております。
そのためにも政府与党、お互いに国民の信託に応えて、力を合わせ協力していかなくてはならない、大事な大事な時だろうと思っております。

私自身、皆さんにご迷惑ばっかりかけておりますけれども、しかしながら本当に政権交代をして、そして民主主義を定着させ、国民の選択によって選ばれた政権が国民のためにその政治を行うと、このことだけは私の本当に40数年の政治生活の中で、ひたすら思い続けてきたことでございますので、なんとか皆さんと力を合わせて、これをわが国に定着させることによって、本当の議会制民主主義の、そして国民の生活が第一の、この政治を実現したいと、その強い思いだけは、どうか皆さんにご理解を賜りたいと、そう思っております。

いずれにいたしましても、今年のいろいろな、今、内外の難しい状況と言いましたけれども、なんといってもこれを乗り越えて、これを突破していくには、まずはお互いの健康と、そして今言ったお互いの共に抱いている共通の目標に向かっての強い意志と行動力を、そしてみんなで力を合わせる、このことによって実現していく以外にないだろうと、そう思っております。

ほんとうに新しい年、皆さんに、またいろいろとお世話になると思います。

昨年の御礼を心から申し上げ、また今年、皆さんにお世話になること、そしてお互いにしっかりと力を合わせて頑張ろう、ということを年頭にお誓いいたしましてご挨拶といたします。

おめでとうございます。(大拍手)」(「日々坦々」さんの「意気軒昂、一致団結!小沢一郎新年会での年頭談話 (全文)」(2011⁄01⁄02(日) 00:00)より引用。「日々坦々」さんに感謝。)



<菅直人氏側>

 「首相は小沢氏を意識してか、「多少ハレーション(あつれき)が起こることを覚悟で、自分のやりたいことを伝えていきたい」とあいさつ。「今年も権力を掌握していい仕事をしよう」と、政権維持に強い決意を示した。焦点の内閣改造には触れなかった。」(時事通信(2011/01/01-20:21)



(1) 小沢氏側は何でもオープンにすることを心掛けているため、新年会での発言内容は誰にでも分かるのですが、何事も秘密裏に行う菅直人であるため、菅直人側は発言がほとんど分かりません。

こうした違いがあるため、発言内容を綿密に比較することはできないとはいえ、菅直人は、小沢氏への対抗意識丸出しであり、それも「「今年も権力を掌握して」などと、どこかの国の独裁者のように、権力の座にしがみつくことに汲々としている態度には、心底あきれ果てます

日本国憲法は、権力の抑制・均衡という権力分立制を採用していることから分かるように、国家権力のトップにある者は常に自己抑制を心掛けるべきことが、憲法上、要求されています。ところが、菅直人は、「今年も権力を掌握して」などと、まるで自己抑制の意識を持つことなく、権力至上主義を表明してしまい、憲法の要請を蔑ろにするのです。

首相の地位は、内閣を統括し、行政各部を統括調整する地位にある(憲法66条、68条、72条)のですから、その地位に就いているだけで、十分なほどに「権力を掌握」しているのです。それなのに、未だに「権力を掌握」してなどと言うのですから、菅直人は法的に首相の地位というものが分かっていないのです。平成22年12月13日に、6月の就任から半年経っても「今までは仮免許だった」などと、恥いることなく言い放てるほど、首相としての役割について無知を晒したのと全く同じことです。

菅直人は、何かの目的や政策を実行する意思を表明することなく、――高級料理を食い続けたいがために――ただただ権力を保持し続けたいという身勝手な心情を恥いることなく堂々と述べる態度には、権力者に憲法遵守義務(憲法99条)を要求する側に立つ国民としては、心底、嫌悪感を感じます。ここまでのむき出しの権力志向を述べるとなると、かつての連合赤軍、また、かつてのオウム真理教の教祖のようでもあり、まるで国家転覆を図るテロリストの発言のようであって、恐ろしささえ感じます。



(2) これに対して、小沢氏の発言は、非常に真っ当です。

 「私はネジレの参議院だからどうしようもないんだ、ということは許されないと思ってます。私が22年前に自民党の幹事長に就任した時も、やはり参議院は過半数を割ってました。今と同じネジレ国会でありました。しかしながら野党が最も、特に社会党、当時社会党ですが、共産党も勿論ですが、社会党、公明党も反対した、いわゆる国連の協力法案を成立させることができました。」


 「衆議院であれだけ議席をいただき、国民の期待を担った我々の民主党、そして民主党政権でありますから、何とかしてみんなで力を合わせて、国民の皆さんとの約束を、そしてその期待に応える術を、我々自身が努力して見出していかなけれればならない。」


 「本当の議会制民主主義の、そして国民の生活が第一の、この政治を実現したい。」


要するに、これらの内容を法律論に翻訳すれば、

<1>日本国憲法は、議会制民主主義を採用している以上、ねじれ国会であるとして諦めるのは妥当ではなく、他の党とも妥協・協議を重ねていくべきである

<2>有権者は、選挙によって、ある特定人を選んだのではなく、民主党を政権与党として選んだのであるから、内部抗争はいい加減に止めて、民主党全員が一致協力して政権公約の実現を図るのが有権者の意思である

<3>政権公約として「国民の生活が第一」として掲げ、その政権公約に有権者は支持をした結果、政権与党となった以上、政権公約の実施をすることが、憲法上の政党政治としてあるべき姿勢である

と。

こう説明すれば、菅直人と異なり、小沢氏は、ごくごく真っ当な憲法論に根差した挨拶をしていることがよく分かるはずです。



(3) 法律を説く側の人たち(実務家、憲法学者、行政法学者など)とよく話になるのが「小沢氏の言っている内容は、法律的にごくごく真っ当なことを言っているのに、なぜだか、マスコミや世論調査の結果では批判が多い。なぜ、マスコミや一部の市民は法律論を無視して、感情的に小沢憎しに走るのだろうか」と。

そこで疑問に思うのは、マスコミや我々日本の市民は、人権論及び法律論を理解するだけのバランス感覚があるのだろうか、ということです(戸波江二=安念潤司=松井茂記=長谷部恭男「憲法(1) 統治機構 (有斐閣Sシリーズ)」(有斐閣、1992年)46頁以下参照)。

顧みれば日本では、明治憲法も、「進め一億火の玉だ」のスローガンも、占領体制も、日本国憲法も、あたかも四季が巡るように来たっては、みなそれぞれに定着し、次いで(日本国憲法を除けば)思い出となって去っていきました。あの「生類憐みの令」でさえ、4半世紀にわたって「定着」した国です。

日本には、近代立憲主義の伝統がないばかりか、アリストテレス、ストア派、キリスト教、中世立憲主義、近代自然法論など、近代立憲主義を育んだ思想的遺産のほとんどすべてがないのです(前掲・憲法(1)47頁)。

一昔前までは、仏教思想に含まれる平等思想などが、日本においては「近代立憲主義を育んだ思想的遺産」の代わりを果たしていたのですが、今の日本にはそれがなくなりました。(東京新聞で連載が始まった小説である「親鸞」を、多くの方が読むことになれば少しは変わるのでしょうが。)

そうすると、近代立憲主義を育んだ思想的遺産が全くない日本社会においては、マスコミ・ほとんどの日本市民には、人権感覚や法律論を理解するだけのバランス感覚がないのも、法律論を無視して感情的に小沢憎しに走って恥じることもないのも、ある意味当然なのかもしれません。実に悲しいことですが。


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2.それぞれが新年会で発言した内容としては、次のようになっています。

<小沢氏側>

 「今年は国内外とも非常に難しい状況になるのではないか。政府与党が力を合わせて協力していかなくてはならない大事な年だ」と述べ、挙党態勢の構築による政権運営の必要性を強調した。(中略)
 小沢氏は国会運営に関して「ねじれ国会になったから仕方ないという理屈は通用しない。国民の期待に応えるすべを、我々自身が努力して見いだしていかなくてはならない」と指摘。「今年こそ政治主導の体制を確立し、国民の生活が第一の政治の実現のために決意を新たにしなくてはならない」と訴えた。」(日経新聞2011年1月1日18:00)


 「民主党の小沢一郎元代表は1日、都内の自宅で開いた新年会であいさつし、「私が22年前に自民党幹事長に就任した時も参院は過半数を割っていたが、野党とのまじめな話し合いの中で議論することができた。それを今思い出すと、『ねじれ国会になったんだから仕方がない』との理屈は通用しない」と述べ、現執行部の野党への対応に不満を示した。
 また、小沢氏は「今年は内外で非常に厳しい状況になると思うが、政府・与党が国民の信頼に応えて、力を合わせて協力していかないといけない」とも語り、挙党態勢の必要性を強調した。」(2011年1月1日22時21分 読売新聞)



「皆さん、あけましておめでとうございます。

皆さんも新しい年、いろいろな考えを持ちながらも元気で迎えられたことと思います。心からお互いにお喜びを申し上げるところであります。

昨年は大変皆さんにお世話になりました。いろいろなことがございましたけれども、どのような時におきましても、本当に皆さんの暖かい強い友情に励まされまして、私もこうして昨年一年頑張り、そして新しい今日の年の元日を迎えることができました。ということを本当にうれしく、また皆さんの友情にあらためて心から感謝を申し上げるものでございます。

本当に昨年一年お世話になりました。ありがとうございました。(大拍手)

そして新しい年、本当に今年こそ、お互いの力を合わせ、そして一昨年の夏に国民主導、政治主導の体制を確立して、国民の生活が第一の政治を実現するんだ、この初心を、国民との約束を、あらためて新年の初めにそれぞれが自分の胸にに問い直し、そして、その実現のために決意を新たにしなくてはならない、とそのように考えておるものであります。

一昨年の総選挙で衆議院の皆さん、大変、総力を挙げての闘いで、圧倒的な議席を国民から頂きました。

そして昨年は参議院で、何としても過半数を取らなくては、今言った、本当の国民のための政治の実現はできないと、そういう思いで鳩山前総理と共々、お互いに全力を尽くしながらも、最もその実現のためにどうしたらいいのだろうかと二人で話し合った結果、総理と共に一線を引きながらも挙党一致でみんなで頑張ろうと、こういう思いで幹事長の立場だった私からすれば、本当に鳩山前総理に申し訳ない結果になってしまったと反省し、忸怩たる思いがあるのではございますけれども、しかしながら私どもは、その思いを皆さんがわかっていただけるだろうと、そのように今も考えて、自分たちのとった行動をご理解いただきたいと、そう思っておるわけであります。

まあ、結果は残念なことで、参議院、いわゆる俗に言うネジレの現象になってしまったわけであります。
しかしながら、私はネジレの参議院だからどうしようもないんだ、ということは許されないと思ってます。

私が22年前に自民党の幹事長に就任した時も、やはり参議院は過半数を割ってました。今と同じネジレ国会でありました。
しかしながら野党が最も、特に社会党、当時社会党ですが、共産党も勿論ですが、社会党、公明党も反対した、いわゆる国連の協力法案を成立させることができました。
また、消費税その他のいろいろな法案についても野党との真摯な、まじめな話し合いの中で切り抜けることができました。

まあ、そういうようなことを今思い出してみますと、最初に申し上げましたように、ネジレ国会なんだからしかたがないという理屈は通用しないわけで、衆議院であれだけ議席をいただき、国民の期待を担った我々の民主党、そして民主党政権でありますから、何とかしてみんなで力を合わせて、国民の皆さんとの約束を、そしてその期待に応える術を、我々自身が努力して見出していかなけれればならないのじゃないかと、そのように感じているところであります。

今年は、内外、非常に難しい状況になるのではないかと思っております。
そのためにも政府与党、お互いに国民の信託に応えて、力を合わせ協力していかなくてはならない、大事な大事な時だろうと思っております。

私自身、皆さんにご迷惑ばっかりかけておりますけれども、しかしながら本当に政権交代をして、そして民主主義を定着させ、国民の選択によって選ばれた政権が国民のためにその政治を行うと、このことだけは私の本当に40数年の政治生活の中で、ひたすら思い続けてきたことでございますので、なんとか皆さんと力を合わせて、これをわが国に定着させることによって、本当の議会制民主主義の、そして国民の生活が第一の、この政治を実現したいと、その強い思いだけは、どうか皆さんにご理解を賜りたいと、そう思っております。

いずれにいたしましても、今年のいろいろな、今、内外の難しい状況と言いましたけれども、なんといってもこれを乗り越えて、これを突破していくには、まずはお互いの健康と、そして今言ったお互いの共に抱いている共通の目標に向かっての強い意志と行動力を、そしてみんなで力を合わせる、このことによって実現していく以外にないだろうと、そう思っております。

ほんとうに新しい年、皆さんに、またいろいろとお世話になると思います。

昨年の御礼を心から申し上げ、また今年、皆さんにお世話になること、そしてお互いにしっかりと力を合わせて頑張ろう、ということを年頭にお誓いいたしましてご挨拶といたします。

おめでとうございます。(大拍手)」(「日々坦々」さんの「意気軒昂、一致団結!小沢一郎新年会での年頭談話 (全文)」(2011⁄01⁄02(日) 00:00)より引用。「日々坦々」さんに感謝。)



<菅直人氏側>

 「首相は小沢氏を意識してか、「多少ハレーション(あつれき)が起こることを覚悟で、自分のやりたいことを伝えていきたい」とあいさつ。「今年も権力を掌握していい仕事をしよう」と、政権維持に強い決意を示した。焦点の内閣改造には触れなかった。」(時事通信(2011/01/01-20:21)



(1) 小沢氏側は何でもオープンにすることを心掛けているため、新年会での発言内容は誰にでも分かるのですが、何事も秘密裏に行う菅直人であるため、菅直人側は発言がほとんど分かりません。

こうした違いがあるため、発言内容を綿密に比較することはできないとはいえ、菅直人は、小沢氏への対抗意識丸出しであり、それも「「今年も権力を掌握して」などと、どこかの国の独裁者のように、権力の座にしがみつくことに汲々としている態度には、心底あきれ果てます

日本国憲法は、権力の抑制・均衡という権力分立制を採用していることから分かるように、国家権力のトップにある者は常に自己抑制を心掛けるべきことが、憲法上、要求されています。ところが、菅直人は、「今年も権力を掌握して」などと、まるで自己抑制の意識を持つことなく、権力至上主義を表明してしまい、憲法の要請を蔑ろにするのです。

首相の地位は、内閣を統括し、行政各部を統括調整する地位にある(憲法66条、68条、72条)のですから、その地位に就いているだけで、十分なほどに「権力を掌握」しているのです。それなのに、未だに「権力を掌握」してなどと言うのですから、菅直人は法的に首相の地位というものが分かっていないのです。平成22年12月13日に、6月の就任から半年経っても「今までは仮免許だった」などと、恥いることなく言い放てるほど、首相としての役割について無知を晒したのと全く同じことです。

菅直人は、何かの目的や政策を実行する意思を表明することなく、――高級料理を食い続けたいがために――ただただ権力を保持し続けたいという身勝手な心情を恥いることなく堂々と述べる態度には、権力者に憲法遵守義務(憲法99条)を要求する側に立つ国民としては、心底、嫌悪感を感じます。ここまでのむき出しの権力志向を述べるとなると、かつての連合赤軍、また、かつてのオウム真理教の教祖のようでもあり、まるで国家転覆を図るテロリストの発言のようであって、恐ろしささえ感じます。



(2) これに対して、小沢氏の発言は、非常に真っ当です。

 「私はネジレの参議院だからどうしようもないんだ、ということは許されないと思ってます。私が22年前に自民党の幹事長に就任した時も、やはり参議院は過半数を割ってました。今と同じネジレ国会でありました。しかしながら野党が最も、特に社会党、当時社会党ですが、共産党も勿論ですが、社会党、公明党も反対した、いわゆる国連の協力法案を成立させることができました。」


 「衆議院であれだけ議席をいただき、国民の期待を担った我々の民主党、そして民主党政権でありますから、何とかしてみんなで力を合わせて、国民の皆さんとの約束を、そしてその期待に応える術を、我々自身が努力して見出していかなけれればならない。」


 「本当の議会制民主主義の、そして国民の生活が第一の、この政治を実現したい。」


要するに、これらの内容を法律論に翻訳すれば、

<1>日本国憲法は、議会制民主主義を採用している以上、ねじれ国会であるとして諦めるのは妥当ではなく、他の党とも妥協・協議を重ねていくべきである

<2>有権者は、選挙によって、ある特定人を選んだのではなく、民主党を政権与党として選んだのであるから、内部抗争はいい加減に止めて、民主党全員が一致協力して政権公約の実現を図るのが有権者の意思である

<3>政権公約として「国民の生活が第一」として掲げ、その政権公約に有権者は支持をした結果、政権与党となった以上、政権公約の実施をすることが、憲法上の政党政治としてあるべき姿勢である

と。

こう説明すれば、菅直人と異なり、小沢氏は、ごくごく真っ当な憲法論に根差した挨拶をしていることがよく分かるはずです。



(3) 法律を説く側の人たち(実務家、憲法学者、行政法学者など)とよく話になるのが「小沢氏の言っている内容は、法律的にごくごく真っ当なことを言っているのに、なぜだか、マスコミや世論調査の結果では批判が多い。なぜ、マスコミや一部の市民は法律論を無視して、感情的に小沢憎しに走るのだろうか」と。

そこで疑問に思うのは、マスコミや我々日本の市民は、人権論及び法律論を理解するだけのバランス感覚があるのだろうか、ということです(戸波江二=安念潤司=松井茂記=長谷部恭男「憲法(1) 統治機構 (有斐閣Sシリーズ)」(有斐閣、1992年)46頁以下参照)。

顧みれば日本では、明治憲法も、「進め一億火の玉だ」のスローガンも、占領体制も、日本国憲法も、あたかも四季が巡るように来たっては、みなそれぞれに定着し、次いで(日本国憲法を除けば)思い出となって去っていきました。あの「生類憐みの令」でさえ、4半世紀にわたって「定着」した国です。

日本には、近代立憲主義の伝統がないばかりか、アリストテレス、ストア派、キリスト教、中世立憲主義、近代自然法論など、近代立憲主義を育んだ思想的遺産のほとんどすべてがないのです(前掲・憲法(1)47頁)。

一昔前までは、仏教思想に含まれる平等思想などが、日本においては「近代立憲主義を育んだ思想的遺産」の代わりを果たしていたのですが、今の日本にはそれがなくなりました。(東京新聞で連載が始まった小説である「親鸞」を、多くの方が読むことになれば少しは変わるのでしょうが。)

そうすると、近代立憲主義を育んだ思想的遺産が全くない日本社会においては、マスコミ・ほとんどの日本市民には、人権感覚や法律論を理解するだけのバランス感覚がないのも、法律論を無視して感情的に小沢憎しに走って恥じることもないのも、ある意味当然なのかもしれません。実に悲しいことですが。


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【2011/01/02 21:35】 | 政治問題
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